※店内パノラマ写真。画像をクリックすると拡大版がご覧になれます。
このお店の中には無数のジグソーパズルのピースが散りばめてある。
お店に入った人は、散りばめてあるピースの一片を目にする。
目にした人のうち、ある人は一片のピースを手に取るかもしれない。
またある人は手に取ったピースから、さらに関連するピースを探そうとするかもしれない。
さらにある人は探し出したピースを当てはめながら、一枚の絵を描こうとするかもしれない。
何を描くのか? それは私自身の今までとこれからの生き方である。
鳴子温泉駅の目の前にある階段を昇って徒歩1分のところにある和洋菓子・喫茶のお店、「玉子屋本店」。
2008年の9月頃だろうか。外湯をめぐっているうちに喉を潤したくなってふと入口をくぐったのが初めての出会いだった。最近は半年に一度は鳴子へ休養に訪れていて、そのたびに玉子屋さんに寄ってまる一日店内で過ごすというのが定番コースになってしまった。
なぜ毎回足を運ぶようになったのだろうか?
分からなかった。ただ居心地がいいからだろうと思っていた。
しかし最近になって気づいた。それが冒頭に書いたジグソーパズルの喩えである。
お店に何度も足を運んでしまうのは、無数に散らばるピースをひとつ、またひとつと探し続けてしまうからかもしれない。ピースをはめ込んでひとつの絵柄を作ろうとするのだけれど、お店の中にあるピースだけでは絵柄ができあがらない。再び私の住む街でピースを探すのである。
お店で探したピースと私の住む街で探したピース。これを互いにはめ込んでみると少しずつ絵柄が見えてくるのだ。しかし、絵の全容はまだまだ見えていない。
いつも悔しい思いをするのは、コーヒーやお茶を飲んでいるときにふと発する、店主「武さん」のひとことである。
たとえばこんな感じ。
「〜君、大事なのは実績じゃなくて効果なんだね。でも、ものごとによっては時間はかかるけどね…」
そのときは「ああ、そうですね〜」と分かったような分からないような相槌を打つのだが、そのひとことの意味を知るのは旅から帰ってしばらくしてからのことなのだ。
「あのときに言っていたことはこういうことだったのか! なんであのときに気づかなかったんだろう」と。これもまたピースの一片である。
お店に入って目に飛び込むのは、あらゆるオブジェが店内じゅうに置いてあることだろう。
絵画、写真、こけし、温度計、リモコン…まるで骨董屋さんの中に入ったかのような印象を覚える。
ここはカウンター側を撮ったもの。
こちらはショーケース付近。
「わらび餅」の歴代包装紙、かつての店舗写真、受賞楯などが飾られている。
「お店の歴史」を読み取ることができるエリアだ。武さんが東京・原宿の洋菓子店で修行していた頃の写真もどこかに掲げられているので見つけてみたい。
カウンター横のコーナー、通称「ひとり席」。私はこの場所に腰掛けて一日を過ごす。
「ひとり席」からカウンターを望む。
ジョン・レノンが愛用したギターモデル"Epiphone Casino"が見える。
武さんがこれを弾く姿を時々見ることができる。
先ほどのギターからも分かるように武さんはビートルズファン。
最近は50年代ポップスが店内のBGMに流れていたりする。
「今は演奏パートごとにレコーディングしてあとでミックスするけれど、当時の音源は一発録り。レコーディング技術は古いけれどそれゆえに空気やミュージシャンの意気が伝わってくる」と話す。
湯治場で電子音楽ライブを行なう「温泉チルアウト」というイベントがあって、鳴子では過去に4回開催されている。武さんは第2回のライブでギターを披露していて、その演奏はCDアルバム("Over Flow pH:2.0" DES035)にも収録されている。
武さんの活動は多彩だ。お店と同時進行でいろいろな仕事が入ってくる。
メディアの取材、観光協会、商店会…最近では2014年冬に仙台市太白区に開設予定の、震災で両親を亡くした子どもたちの養育・支援施設「SOS子どもの村東北」の理事を引き受けた。
「鳴子は2008年の内陸地震、2011年の大震災と2度の大地震に遭った。東京のテレビは復興が進んでいるように伝えるけれど、一向に進んでいないのが地元の実感だ。復興施策も1年、3年と目先のことではなく、いまの子どもたちがこれから生きていく30年、50年先を考えて動かないと…」
現在「子どもの村」は着々と建設が進められているが、建設資金が不足している状況だという。「待ったなしの状態。ひとりでも多くの支援がほしい」と話す。
* * * *
通りに面した窓辺。湯めぐりに向かう浴衣姿、雨に濡れるアスファルト、空から無数に舞い降りる粉雪…。
たばこに火をつけ、ふだんよりもゆっくりと煙をくゆらしながら外をぼんやり眺める時間…誰にも追われることのない時間を持つことの大切さを知る。
* * * *
ここからは玉子屋さんのお菓子・飲み物たちをご紹介したい。
常時販売の商品もあれば、時期次第で並ぶ商品もある。
まずは一杯のコーヒーから。
2013年11月から新しくメニューに加わった「Born café」はこのカップでいただく。
左が落雁、右が銘菓わらび餅。
この落雁、さっくりとした歯ざわりで、甘さとともにしその香りが口中に広がる。宮城のお菓子「しおがま」を連想させる。私がお店に行って必ず土産に持って帰るのはこの落雁である。
落雁の木型。バラの花びらを模している。
かつて使用されていた木型。連続するこけしの表情が楽しい。
近隣にある鳴子ホテル専用に土産菓子を作っていたそうで、中味は諸越(小豆粉を使った打菓子)ではないかという。
わらび餅は鳴子温泉界隈の旅館でお茶うけとして出されるポピュラーなお菓子。かつての時刻表には鳴子駅の「弁当・名産品」として掲載されていた。現在は鳴子温泉駅や古川駅の構内売店のほか、国道47号線沿いの「あ・ら・伊達な道の駅」や仙台の一部デパートで購入することができる。関西地方で売られている「水で冷やしきなこをかけて食べるわらび餅」とは異なり、くるみの入った甘辛い醤油風味で「くるみゆべし」に近く、材料にわらび粉を使っているのが大きな特長。
日本交通公社発行「日本国有鉄道監修 時刻表 1961年10月号」332ページより。
鳴子駅(当時)販売の名産品として掲載されているが、「わさび餅」と思い切り誤植している。
ところで、なぜ旅館の部屋に通されるとお茶やお菓子や漬物が出されるのか? との質問に武さんは答えてくれた。
「長旅で不足するものを補う意味があるんだね。お茶は水分、お菓子は糖分、そして漬物は塩分。」
2012年5月頃より発売された姉妹品「こけしのゆめ」。
石巻出身のデザイナー・宮本悠合(Yuri Miyamoto)さんが手がけた個装紙は、鳴子の伝統こけしのデザインを尊重しながらも現代の感性を取り入れた絵柄に仕上がっている。
ちなみに「わらび餅」のパッケージは地元のこけし工人、岡崎斉司さんによるもの。
ショーケースの中には洋菓子が並ぶ。
武さんは若い頃に上京し、フランス人パティシエのもとで修行した。
ラインナップは奇をてらうことがなく、じつにオーソドックスだ。
そこにも理由がある。
「菓子は基本の組み合わせとアレンジで成り立っている。
しかしながら基本がしっかりしていないといいお菓子にはならない。
基本をしっかり作ることが大事」と説く。
ちなみに洋菓子における基本は
1.スポンジケーキ
2.バターケーキ
3.シュー・パイ・タルト
4.焼菓子(クッキー等)
5.デザート(プディング・ゼリー等)
という。
なお和菓子の基本は
1.上生菓子
2.焼物
3.流し物
4.蒸し物
5.一文字焼
6.打菓子
だそうだ。
シュークリーム。
お店の人気商品で、雑誌等にも度々紹介される。
歯ざわりの心地よいシューと濃厚なカスタードクリームは「洋菓子造りの基本」に忠実であるからこそできるのだと思う。
タルト・コニャック。
タルト生地にリンゴとコニャックソースを載せて焼き上げたのち、アプリコットジャムをコーティングしたお菓子。いただく前にブランデーを少しかけると風味が高まる。
作る現場を見せていただいた(上記動画)。
タルト・アマンディーヌ。
クッキー生地にアーモンドクリームを載せアプリコットジャムを塗ったフランスのポピュラーな菓子。
香ばしいアーモンドとさくっとしたクッキー生地のバランスが絶妙だ。
エクレール・ショコラ。エクレールとはフランス語で「稲妻」の意味。
チョコレートを塗ったばかりのできたてのエクレール。
つやつやしたチョコレートが食欲をそそる。
こちらはホワイトチョコレートバージョンの「エクレール・コアントロー」。
生チョコ、ショコラ・グランマルニエ。
オレンジ風味のリキュールにはビターなグランマルニエとスイートなコアントローがある。チョコレートにはグランマルニエ、クリームにはコアントローを使うという。
ショコラ・グランマルニエ。
外を覆うココアパウダーと、切り口の濃いブラウンが絶妙なコントラスト。
口中に含むと、まるでお店に流れる時間のようにゆっくりまったりと溶けていく。
苺のショートケーキ。
カフェ・クレームグラッセ。
凍らせた状態でいただく。
アイスクリームでもない、ソルベでもない、もうこれは「クレームグラッセ・抹茶」。
2015年夏からお店に並んだ冷菓で、ふわっとした舌ざわりと溶け心地が楽しめる。
粗挽き抹茶を使うことで濃厚な風味を出している。
まるぼーろ。
商品名は「丸ボーロ」と煙草の銘柄「Marlbolo」を絡めているとか。
アーモンド粉の入った香ばしく、さっくりとした生地に、かすかに塩味を感じるバタークリームをサンドしている。
2014年に登場した新作、「もなかフランセ」。
ラム酒の風味をきかせたフランス産マロンクリームとマロン餡を最中皮でサンド。
砂糖を入れないブラック・コーヒーに適した甘さに仕上がっているという。
素泊まりの宿に泊まり、お店で少し遅めの朝食を取る。
この日のジャムは地元産のブルーベリーを使用していた。
2012年頃より、お店のオリジナルグッズが登場した。
4寸の小寸こけしにポストカード。
ポストカードはイラストレーターで書籍のカバーイラストや雑誌の挿絵などを手がける佐々木一澄(Kazuto Sasaki)さんの手によるもの。郷土玩具に深い造詣を持ち、収集だけでなく、各地の制作者のもとを訪れている。
「こけしのゆめ」のパッケージイラストをモチーフに絵付けしたもので、鳴子のこけし工人・吉田勝範さんが木地挽きと描彩を手がけた「ゆめみるこけし」。鳴子系こけしのフォーマットを尊重しながら、現代的なデザインや表情を融合させている。伝統こけしと同様、一体ごとの表情を楽しむことができる。
<参考> 東京築地市場内のとある喫茶店に飾ってあった「ゆめみるこけし」。
隣にある年季の入った鳴子系こけし(松田忠雄工人作と推定)との並びをしばらく眺めていたら、東京にいることをふと忘れてしまった。
暗闇の中で怪しげに光る「こけしファンタジア3」。
前出の宮本悠合さんの作品で、ライブ「鳴響pH:5.0」の会場で展示されたもの。
お土産を持ち帰るときの紙袋もまた「お土産」である。
パッケージデザインは佐々木一澄さんによるもの。地名や店名、商品名はあえて載せていない。紙袋を手に取った人は「どこ行ってきたの?」と旅から帰った人に尋ねてほしい。「こころがつながる」のキャッチコピーに込められた想いがここにある。
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