2011年02月26日

1970年の南東北の交通事情が垣間見える資料~東鳴子温泉・いさぜん旅館~

いさぜん旅館の猫

いさぜん旅館の観光マップ

宮城県大崎市の東鳴子温泉・いさぜん旅館内。厨房から浴場へ向かう廊下に観光マップが掲げられているのを発見しました。
東鳴子からの日帰り観光地案内」と題するこの観光マップは1970年に佐藤英光氏という方が作成されたもので手書きです。
細かく描き込んだ道路と鉄道の路線図をしばらく眺めていると、作成された当時の公共交通事情が垣間見える貴重な資料であることに気づきました。

いさぜん旅館の観光マップ

鳴子温泉周辺の観光地の拡大。駅名が改称される前のもの。もちろん市町村合併以前なので旧町村名も読み取れます。
川渡、東鳴子、鳴子、中山平の各駅は1997年3月22日にそれぞれ川渡温泉、鳴子御殿湯、鳴子温泉、中山平温泉となりました。

いさぜん旅館の観光マップ

岩手県花巻市周辺の拡大。ユニークな車両が多数在籍していた花巻電鉄の鉄道線(花巻温泉方面)と軌道線(志戸平温泉方面)が見えます。
花巻電鉄はこの地図が作成された2年後の1972年2月16日に廃止されました。

釜石線の「やざわ」は矢沢駅のことで、1985年3月に約200メーターほど移動して新花巻駅になりました。東北新幹線との連絡を取りやすくするためです。1985年当時はテレビの全国ニュースで東北・上越新幹線の上野開業に関連する話題として大きく取り上げられました。

いさぜん旅館の観光マップ

鳴子から平泉や鶴岡への日帰りコースを記した表。
目的地まで片道3~4時間かかるプランで、ゆっくり回るには少しつらそう。現在は鳴子から平泉まで自動車で2時間程度で行くことができます。

注目したいのが時刻。
小牛田からの普通列車が青森行というのが時代を感じます。これは仙台発の47列車で郵便車や荷物車を連結していることから途中停車時間が長く、えらく時間のかかる列車でした。
ちなみに青森到着は19時過ぎ。郵便車や荷物車はこのまま青函連絡船に載せられ津軽海峡を渡ります。

一ノ関から平泉へ向かうバス会社も懐かしい社名が。
岩手県南バスは会社合併を経て、現在は岩手県交通に。

いさぜん旅館の観光マップ

日帰りの帰路パターン。平泉の観光時間は3時間を取っていますが、中尊寺と毛越寺を回るには少し早足になりそうです。
一ノ関から小牛田への普通列車は44列車。これも郵便車と荷物車を連結した典型的鈍行。

「…乗車する方がこまなくて よい」の説明がいいですね。
平泉が修学旅行や団体旅行のメジャースポットだった時代を思わせる一文です。
駅には団体専用改札や軽食堂コーナーがあって賑わっていたそうですが、今は「それがあったであろう」という空間が残るのみです。まさに夢の跡。

懐かしさの極みは小牛田からの急行「千秋2号」。仙台から奥羽方面へ向かう急行列車はこの陸羽東線経由「千秋」のほか、北上線経由の「きたかみ」、田沢湖線経由の「たざわ」がありました。ちなみに仙台から秋田への最速列車は「きたかみ」号でした。

表を見るだけで旧型客車のニスと鉄粉の香りが車内を包み込む道中が想像できます。

このマップが作成されてから40年以上も経過していた現在。観光案内としての実用性はすでに期限切れとなっています。しかし、当時を記録する貴重な資料としていつまでも館内に掲げられていてほしいと願っております。

~2011.11.07追記~
2011年11月7日、いさぜん旅館を訪れた際にこの記事をご覧になられた方とお会いすることができました。
今回お会いした地元在住のM.Sさんからこの「東鳴子からの日帰り観光地案内」に関するお話を伺うことができたので追記させていただきます。

・この地図は3枚作成され、いさぜん旅館のほか、勘七湯、明正館(現在は廃業)に寄贈されたが、現存するのはこの1枚だけとのこと。

・地図を見たいさぜん旅館の先代ご主人はとても気に入って、ガラスケースを特注し旅館内に掲示した。40年経った現在でも保存状態がいいのはそのため。
posted by STIJ Project at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | My trip 宮城鳴子篇 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください

この記事へのトラックバック